2019年5月15日水曜日

石川淳 『天馬賦』



 このブログ立ちあげたあたりから、なぜかまったく小説を読んでいなかった。で、先日『石川淳評論選』(amazon)を読んで、全体は砂を噛むような読書だったけれども、何か動きを書いてるときには、やっぱり独特の魅力があるなとか思い、本棚の肥やしになっていた本書を引っ張り出した。短編集。
 収録作品は「靴みがきの一日」「鸚鵡石」「無明」「鏡の中」「一露」「若菜」「虎の國」「天馬賦」の8本。タイミングが悪かったのかあまりピンと来る作品にはぶつからなかった。あえて言えば、「鏡の中」がいちばん読んでて楽しかったかなあ。昔の知り合いが理髪店の店主のところに尋ねてきて……って話。時代物はどれも何がやりたいのかよくわからなかった。アクションはキレがあると言えばあるんだけど、全体としては「はて」ってな感じ。ただ、たとえば「若菜」の書き出し

黒っぽい頭巾をした老人がそこにむっくりうづくまっていた。なにものかがいるような気がして、ふと目をあげると、英三は火鉢の向うにその老人のすがたをみとめた。しぜん炭をつぎかけていた手をとめて、ぢっと見つめるうちに、こいつはどうやら利休ではないか、いや、てっきり利休の亡霊にちがいないと、英三はおもった。そうおもった以上、もはやそれよりほかのものではない。太閤に殺された利休である。(原文旧字旧かな)
などは、「焼跡のイエス」(感想)なんかを思い出してちょっと楽しかった。そういえば、「紫苑物語」(感想)って歌劇になったんだってね。どっちかというとスーパー歌舞伎とかにしたほうが似合いそうな気がするのだけど(大穴はアニメ)、どんな仕上がりなんだろう。
 全然褒めてはいないのだけど、この作家がすげえのは、こんな感想しか残らないのに読んでるときの文章自体は読んでて結構気持ちがいいってところなんだよね。相性の問題だろうけど。なんですでに次は何を読もうかと考え中だったりする。いつ読んでもそこは不思議。


天馬賦 (中公文庫)

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