2019年9月23日月曜日

北村一真 『英文解体新書 構造と論理を読み解く英文解釈』



ツイッターで英文解釈のクイズ出してくれるMR.BIGというアカウントがあって、出題レベルが結構高くて楽しいなあとフォローしていたら、その人が本を出すというので、買うしかあるまいと購入したのが本書。フォロワーの多い人でもあり発売直後から大いに売れてるようでめでたい。

タイトルから明らかなように、本書は英文の構造解説を行ったもので著者曰く「大学受験より上のレベルを対象としつつも、名著と言われる伊藤和夫先生の『英文解釈教室』(研究社)のように英文を読み解くための思考プロセスを重視した体系的な英文解釈書を書いてみたい」というのが執筆動機のひとつだったそうな。曰く「(大学受験レベルをクリアした)一般読者向けの学習参考書」。「一般読者向け」の意味がポピュラー・サイエンスなんかと逆で「普通の入試参考書なんかよりレベル高いよ」って意味なのは読み落とさないようにね。

おれは定期的に英文法の本が読みたくなるようなタイプなので大喜びで読んだし、Chapter 2の「入れ替わる語順」とかChapter 4の「並列関係と省略」とかChapter 7(破格的な構造を扱ってて、全部とかは結構楽しく読んだ。Chapter 7についてはこれだけで一冊作ってほしいとか思った。

しかし、ツイッター眺めてるとときおり、高校生とかがこれに言及していて、好奇心とチャレンジ精神は素晴らしいと思いつつ、国内で受験するんだったらほかのことしたほうがいいぞとハラハラしたりしている。大西泰斗の「フィール」が学校文法くらいは全部入った上での話なのと同じく(ちなみに本書著者の執筆動機のふたつめは学校や予備校で習う文法や構文などは難解すぎて実用的な場面には適さない、といった誤解を解きたいということで、まったくもってそのとおりと個人的には思った)、本書は受験レベルの知識が全部入ってなきゃ話にならないような難易度だからだ。

いや、なんでこんな若人のやる気に水を差すようなことを言うのかというとだね、遙か昔、おれが受験生をしていたとき、学校の一部にこんな情報が飛び交ったのよ、曰く「『英文解釈教室』一冊やれば、もう読めない英文はない」。英語全然できなかった身としては「一冊でいいのか!」と思い、本屋に走った。そんな行動に出たのはおれだけではなかった。みんな、できる限り省エネに効果を出したかったわけだ。受験科目は英語だけじゃないし。

で、その結果は?

死屍累々であった。おれなんかはまだ四日くらいで「こりゃ自分には解けない。解説読んでも意味わからないもの」と気がついて方針を替えたから軽傷で済んだが、さまざまな理由で『英文解釈教室』にしがみつき、偏差値あがったという人間はほとんどいなかった。大事なのはレベルが合っているということなのだ(本書を副読本にする高校があるらしいが、正直、何がしたいのかわからない)。で、「一般読者向け」の本書の場合、これができるなら英語の長文問題はまず読めないなんてことはないから、ほかの科目やるのが正しい。目標が英語だけぶっちぎりでトップ合格とか、あるいは受験なんてせせこましいことを言ってるんじゃなく、大学に合格できるのはあたりまえで、将来そういう仕事に就きたいからサッカー選手が外国語やるようなノリで英語の読解力をあげておきたいんだとかではない限り。

とは言うものの、人間の憧れの力は侮れない。本書を読みこなせるようになりたいあまり、ほかの科目が手につかないという奇特な少年少女がいないと誰に言えようか。というわけで、そんな全国五十人くらいの少年少女に向けて、おっちゃんの老婆心(おっちゃんなのに老婆とはこれいかに)で本書を読んで理解する程度の力をつける最短コースだとおれが思うものを提示しておく。前提として知らない単語は絶対辞書を引く、文法問題なら大抵正解出せる程度の能力が要求されるのでそこは自力でどうにかしてもらいたい。

まずね、今生きてる本だとこっから入るのが無難。『ビジュアル英文解釈』。



解説が本書よりも砕けた講義調なんだけどちゃんと読めば読解の基本姿勢は身につくはず。本当は鈴木友康の『合格英語構文150』ってやつからやるといいんじゃないかと思うんだけど残念ながら品切れっぽい。

で、これを一通りやったら、おれなんかの最終目的地だった『英文解釈教室』が読めるようになるので、これをやる。解説は『ビジュアル』に比べるとそっけないが、『ビジュアル』に書いてあることが入っていれば、それなりに読みこなせる。


で、『英文解体新書』は『英文解釈教室』の伝統を引き継いだって帯にも書いてあるから、これさえ読み終われば、『解体新書』もどうにかなんだろと思うかもしれないが、もう一冊あいだに入れたほうがいい本がある。『基礎から分かる英語リーディング教本』だ。



なぜにこの本を挟んだほうがいいかというと、この本が徹底的に文法事項を復習させてくれるから。各例文にものすごい数の小問がついていて、文の各単語の働きだけじゃなくて、たとえばto doが出てきたら「不定詞の用法の種類を答えよ」みたいにして、働きの可能性が何種類あるかを読む方の頭に叩き込むつくりになっている。これ読んで頭を文法的(つまり、なんとなく内容を想像して意味を取ろうとするんじゃなく形から内容を絞っていくような考え方)にしておけば、『英文解体新書』はよりいっそうしっかり理解できるはずである。「一般読者」であっても、『英文解体新書』の醍醐味が味わえていない気がするって人には『リーディング教本』一回入れてから『解体新書』に戻るの勧める。本書は『解体新書』が要求する「正しい予想」のための手持ちの選択肢を増やしてくれる本だ。

とりあえず、こんだけやっておけば『解体新書』に歯が立たないということは(辞書引く面倒臭さに負けた場合を除き)ないと思われる。問題はどれくらい時間かかるかだけど、普通にやったら、ビジュアルは二冊で一カ月~二ヶ月、解釈教室が一カ月、リーディング教本が一週間くらい。これより短い期間で本書を読めるようになるのはその辺の十代じゃ難しいはず(できるならその辺の十代じゃないと考えてくれ)なので、手を出すまえにかかる時間と効果を考えるのも重要かも。大学入ってからのほうが取り組む時間取れるぞ。(と、ここまで書いてから書いてるあいだに想定しなかった「高校二年生以下だったらどうよ?」という問いが浮かんだが、受験生でなくてしかも本書に手を出したいような子なら、そりゃやっておけという話になる。その場合もステップは同じ)

という注意書きを書きたくなるくらいに、勢いを感じる本書。受験なんて終わったよ、最近は歯ごたえのある英文が見当たらないねえなタイプにはもちろんお勧めです。相当できる人でも最低ひとつふたつは歯ごたえを感じると思うので。


英文解体新書: 構造と論理を読み解く英文解釈

2019年9月17日火曜日

L. T. Meade,Robert Eustace "A master of Mysteries"


 なんか読むのにちょうどいい未読本ないかなあとキンドルのクラウド漁ってたら出てきた本でなんでダウンロードしたのかはもはや覚えちゃいなかったのだけど、出だしを読んでみると、語り手がゴーストハンターっぽいことを言いつつ、「ここでは超常現象っぽかったけど調べたら人間の仕業だった奴だけ紹介するね」とか言っていて、どうやらミステリー(推理小説)らしいと読み始めたのだけど、特に最初の数本がもうびっくりするほど軽快で、19世紀末の小説なのかこれ、ほんとに? と感心した。
 作者のL.T.Meadeはアイルランドに生まれてロンドンで作家になった。英語版のウィキペディアによれば、生涯で300以上の作品を出版したらしい。こっちの記事では、当時のJ.K.ローリングだったと書かれている。納得。共著者のRobert Eustaceは本業が医者で作品に科学的裏付けに与えた(ついでに当時の風潮との兼ね合いで男の名前が必要だったという話もどっかで見たような気がする)。これが初出版作品でのちにはドロシイ・セイヤーズと『箱の中の書類』(amazon)という本も出している。
 中身は短編集で呪われた家だの一族だのトンネルだのが出てくるが、どれも合理的な解決がつけられる。今の目で見ると、どんな解決がつくの? ということより、「どんな謎が出てくるの?」のほうに興味が行く感じだけども、とにかく読みやすさが半端ないので六本の短編すべてが楽しく読めた。日本語版がなくて残念。"The Secret of Emu Plain"という続編もあるみたいなので、そのうち読んでみようかなと思っている。


A Master of Mysteries (English Edition)