2019年2月24日日曜日

まんがで読破5冊

 先日読んだ『雇用・利子および貨幣の一般理論 ─まんがで読破』(感想)が面白かったうえに、amazonチェックしたらシリーズの一部商品まさかの追加値下げで1冊10円となっていたため、いくつか購入して読んでみた。ケインズほど面白いと思ったものはなく、なかにはかなり厳しいのもあったけど、いちおう短くコメントつけて紹介しておくことにする。読んだ順。


蟹工船 ─まんがで読破─

 一冊目はこれ。とりあえず僕と「まんがで読破」の関係について書いておきますに、
初期の頃の作品はそれすらも全て社長の名前なので、僕が大好きな「蟹工船」の作者が誰なのかを知ることは永遠にないのです、とほほ。あの作者がもっと描いてたらもっともっと名作が生まれていたろうに!
 と書いてあったので見るだけ見る感じで読んだ。たしかに絵柄には結構迫力があった。


分析心理学・自我と無意識 ─まんがで読破─
 書名は入っているけど、『まんが ユングの後半生』って感じだった。原作が書かれた当時のご託が垂れ流されてるように思える箇所もあり、微妙な気分だった。


純粋理性批判 ─まんがで読破─
 現代の高校を舞台に課外授業としてカントの紹介する感じのストーリーで、現代から見てカントの言ったことにこういう批判もあるみたいな情報も入れてあり、工夫を感じた。原作読んでみよっかなと思わせる度会いも高かった。今回読んだ五冊ではベスト。


国富論 ―まんがで読破─
 何がしたいのかよくわからなかったし、ケインズに描かれていた内容から考えて、これこそカントのように現代から見た批判を入れる必要がありそうなんだけど、そういう展開にもならず。もっともやっつけ感を感じたのはアメリカ大陸の発見が1942年になっていたこと。チェックする人間がいなかったのかなあ。それにしても……。


資本論 ─まんがで読破─
 何がしたいのかわからなかった2。マルクス自身は一度も出てこないで、チーズ職人が資本家と工場立ち上げて、儲け主義と人間らしさに引き裂かれるみたいなドラマが描かれるだけ。しかも最後は尻切れトンボ。読了時に首をかしげた。

 何冊か読むとケインズは当たりだったなと改めて思う。

2019年2月10日日曜日

ケインズ Teamバンミカス(トーエ・シンメ)『雇用・利子および貨幣の一般理論 ─まんがで読破』

ものすっごく安くなってたから失敗覚悟で買った。このシリーズは以前『黒死館殺人事件』(amazon)を読んだことがあって、そのときの印象は「まさか漫画にしてもわからないだなんて」だった。小説ですらそんなだったのだから、ましてやこんな経済学の専門書がこれでわかるというのは虫がよすぎるというもの。興味があったのは、いったいどうやってこの原作を漫画にできるのかということだった、かもしれない。7割くらいは「伝記と本のエッセンス抽出でしょ」と思ったよ、そりゃね。なんだけど、この世には本の内容だけで突っ張る『影響力の武器コミック版』(amazon)みたいな奇書もあるわけで(脱線するが『影響力の武器コミック版』は商品をつい買わされてしまう心理を分析した元本のテキストからほとんど逸脱することなく、しかも絵面は謎のSFアクションというじつにけったいな代物だ)。

で、読んでみると、構成は予想の本命どおりケインズの生涯の紹介と原作本のエッセンス紹介を練り合わせた内容になっていた、はずである(原作読んでないから「はずである」としか言えないが、きっとそうなっていたんだろう)。語り手はケインズの妻、リディア・ロポコワ。この人が出てきてそうそういい味を出していた。

これから夫の経済学を紹介していきます
でもこの本のタイトル 大げさで色気のないタイトルだと思わない?
こんなのマンガにしようだなんてとても正気とは思えないわ
リディアも、っていうか、描いてる人も読者がタイトル見て何を思うかわかっていたわけである。 「それに」とリディアは続ける。

この本 最初っから「これは経済の専門家に向けて書いた本なので一般人にはわかりにくい」なーんて書いてるのよ? やな感じでしょ?
歯に衣着せぬ物言いでいろんな人から反感買ったけど
でもすごくチャーミングな人だったわ
彼の理論は不況の経済学と言われているそうよ
大不況の時こそ彼の経済学は輝き出す…
またあなたの出番よ メイナード
  ここまでがプロローグなんだけど、ここまでですでに引き込まれていたように思う。
で、冒頭は大不況に至るまでの時代をケインズがどう生きてきたかをコンパクトに紹介している。マルクスの死後2ヶ月が経った1883年6月5日、経済学者の家に生まれ、ケンブリッジ大学でアルフレッド・マーシャルに学び、卒業後は役人に。そして第一次世界大戦を経験したあと退官して大学に戻る。『エコノミック・ジャーナル』の編集者として辣腕を揮ったとか投機に失敗して親に助けてもらったとか、それなのに「父は同じ失敗をくりかえすなと言っただけで投資するなとは言ってない!」と、懲りずに友人と投資会社を立ちあげたとか、キャラを短く立てていく。で、リディアとの出会いに場面は進む。

私とメイナードのなれそめは1918年のこと
ロシアのバレエ団に所属していた私は
ツアーでイギリスを訪れていました
彼とは公演終了後のパーティーで知り合ったの
彼は私に一目惚れしたんですって
私? 私は彼をファンのひとりくらいにしか思わなかったわね
だってそうでしょ?
経済学者さんよ?
どこに惚れたらいいわけ?
彼はほんとにイギリスでの全公演を観に来てくれました
で 彼の猛アタックで私もつい…
となり、ケインズはお仲間のブルームズベリクラブ(こんなところに名前が出てきたのにはちょっとびっくりした。なんの不思議もないんだけどブルームズベリークラブってモダニズム文学の話でしか見てなかったんで)にリディアを連れていくが、みんながリディアを見下した態度だったので、クラブと絶交する。

君をバカにすることはたとえ国王陛下であっても許さない!
ぼくは君を絶対に幸せにすると心に決めたんだ!
実話なのか創作なのかわからないが、とにかく格好いいじゃねえか。こうしてふたりは結婚する。ケインズ42歳、リディア32歳のときのことだった。
とまとめて、話は大恐慌の時代へ戻り、ケインズの格闘に焦点が移っていく。導入は買物から戻ってきたリディアとの会話。「街で失業者をいっぱい見かけたわ」「あなた経済学者なんでしょ!? なんとも思わないの!?」「経済学でなんとかできないの?」と言うリディアにケインズは物憂げに答える。

この世に失業者など存在しない

リディアは経済学の素人なので読者を代弁してくれる。
な…なに言ってんの?
ジョン・メイナード・ケインズ!
目を覚ましてちょうだい!
この世にはわんさか失業者がいるのよ!
で、ケインズは現在の経済学では「働きたくても働けない」ことは失業の定義に入っていないと説明する。そんなのはおかしいというリディアの反論にケインズは頷く。

このとき彼の経済学はまだ形になっていませんでした
なにかが間違っているのははっきりしているのにそれがなんなのかはわからない
だから彼はこのごろずっと不機嫌だったのです
ケインズのいらだちは次のようにまとめられている。

今は嵐の時代だ!
自由放任なんて船が沈むのをただながめてるだけだ!
しかし経済学のいったいどこを改良すればいいんだ!?
そして、(まあ漫画的演出なんだろうけど)リディアが車の買い換えを話題にしたとき、天啓が訪れる。

君の言うとおりだ!
ぼくらは新しい車に乗り換えるべきなんだ!
今の経済学を手直ししたり改良したりするのではなく
まったく新しい経済学を確立してそれに乗り換えるんだ!
さらに、こう宣言する。

経済とは人間の営みそのものだ!
ならば人間の知恵で解決できないはずはない!
(中略)
ぼくは君たち「古典派経済学」と決別する!
そしてこの大不況に打ち勝つ新しい理論を作る!
かっけえ。
やがてできあがったのが、



これだ。読みたくならねえ? おれはこの時点でマンガ読んだら原典かじってみようって思ったよ。とりあえずまだサンプル落とした段階だけど。
ひょっとすると、こういうふうに原典の背景を前面に出して話を進めたのは苦肉の策だったのかもしれないが、その構成は原典のタイトルを見たときの「小難しそう」って印象に穴を空けていると思うんだ。この素っ気ないタイトルの背後には、漫画版の熱い男ケインズがいて持てる情熱を全部叩き込んでいるんだと思うと、もう同じようにこの素っ気ないタイトルを眺めることはできない。
入門書の役割は「原典読まなくてもエッセンスを知ることができる」なのはもちろんなんだけど、「原典への興味を掻き立てる」って役目を狙うこともある(というか、理想はたぶん両方なんだろう)。本書は読者の代弁者リディアとのやり取り(専門用語を優しく言い換えさせたりする)と絵によるイメージ化で「エッセンスを知ることができる」入門書としての役割もちゃんと果たしてはいるが、描いてあることを踏まえて原典に当たろうという気にもさせてくれる名作だ。はずれ覚悟で買ったのに、ただただお買い得だった。マンガ作ったTeamバンミカスって何者なんだろうとか、この手の本読んでかつて感じたことのない疑問さえ浮かんだ。それくらい出来がいい。おまけにニュースが何を言おうが、政府が何を言おうが、現在はずっと続いてる不況のさなかだ。出すタイミング、読むタイミングとしても申し分ないと思う。お勧めである。

追記:漫画描いたのはトーエ・シンメって漫画家さん(twitter)だった模様。参考とりあえず僕と「まんがで読破」の関係について書いておきます
なんかこの本読む以前のシリーズに対する印象そのまんまでげんなりした。作者クレジット超大事っていうか、載せない会社なんてその時点で信用できるわけねえだろっての。
追記2019/12/31 今ツイッター確認に言ったらTeamバンミカスへの謝罪文がしつこくしつこく挙げられていて、文面を読むと事実誤認を謝罪しているようだったが、幸い上記のnote記事(現在は削除)からの引用はないので、このままにしておく。自分としては、作者クレジットを載せない会社なんて信用できないということについては何も変更はない。




追記2:こっちは書き忘れ。『まんがでわかる! ケインズの経済学 (まんがで読破 Remix) 』という本もある。

が、内容は『雇用・利子および貨幣の一般理論 ─まんがで読破』と同じ(レビューに複数そう書いてあった)なので両方買う必要はない。いや危なかったよ。「ほかのもあるんだ、読むか!」ってなったからね。

追記3:とりあえずamazonのトーエ・シンメの検索結果にリンクしておく。なんで「作者のためにもまんがで読破のケインズを買おう」って言うんじゃなくて作品の検索結果を貼ったかといえば、印税契約じゃなさそうだからね(根拠はねえよ。ただの勘)。応援目的ならほかの作品買ったほうがよさそうと判断した。まんがで読破のケインズそれ自体が面白いのは間違いないが、それはそれとして、ここは「作者を応援したいなら」っていう別の話。


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2019年2月6日水曜日

俵万智『サラダ記念日』



 去年発作的に短歌が読みたくなって、まず塚本邦雄の『塚本邦雄全歌集 文庫版〈第1巻〉』(amazon)を読み、続いて『西行全歌集』(amazon)を読んだ。で、そのまま勢いで行けるかと『藤原定家全歌集 上』(amazon)に手を出したら、あっけなく弾き返されて、そこでちょっと落ち着いたのだけど、今年に入ってちくま文庫のツイッターアカウントが、嵐のように『えーえんとくちから』(amazon)への言及をリツイートしまくって煽ってくるもんだから、ついついこれも読み、こんだけ短歌づいているんだったら、あれもそろそろ読めるんじゃねーの? と、本棚の肥やしになっていた『サラダ記念日』を引っ張り出したのだった。名前は知っていましたよ、さすがに。ブームだったときもう生まれてて、パロディーのドラマ(おお、配信されてるじゃないか! びっくり! 原作筒井康隆だったのか)を見た記憶もある。が、これまで読んでみようと思ったことはなかった(なんで本棚に入っていたのかは不明。なんかの表紙に買うだけ買ったのか、親の持ちものなのかもわからないし、新刊なのか古本なのかも不明。奥付見ると92年に出たものなので、新刊で自分で買った可能性はほぼゼロ……って書いたところで、まるっきり記憶にないだけで実は再読だったんじゃないかという根拠のない不安にとらわれたが、読んだことを忘れていて、読み終わっても思い出さないなら初読と判断していいだろう。いいことにする)。
 タイトルのもとになっている歌 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 は、かなり後ろのほうに入っていた。
 最初に掲げられている歌は、
 この曲と決めて海岸沿いの道とばす君なり「ホテル・カリフォルニア」
って、ちょっと不思議な作品。「海岸沿いの道とばす君」で晴れ渡って浮かれた明るさがイメージされるところへ「ホテル・カリフォルニア」って曲名であの明るいとは言いがたい音楽が流れてきて、どんな空気を読み取ればいいのか曖昧な感じが残って面白い。でもって記憶にある限り、音楽関係で固有名が出てくるのってこれと「サザンオールスターズ」だけってのも今から見ると凄い選択眼。
 たまたまリアルタイム読者に「今読んでるんですよー」と話したら当時はあんなふうな短歌がなくて新鮮でみたいな話をしてくれたんだけども、新鮮さってのは色褪せるものというか、280万部も売れた本(解説見ると文庫が出た時点で親本のほうは三六九刷という何それって数字を叩き出していたらしい)であってみれば、その後のパラダイムを作っただろうから、今読んで「まあ新鮮な」なんて感じるところはほとんどなく、むしろ「コップ酒」「湯豆腐」「土鍋」なんて単語から何かかび臭さのようなものすら感じられた。かび臭さっていうか、昭和のにおいかも。歌の中でTOKIOって単語が使われていたけど、やっぱりそこは東京でしかない感じっていうんだろうか。豊かさを感じるのが東急ハンズの買い物袋が大きいことみたいなことも言っていて、90年代に読んだらもしかするとエッジが効いていると思ったかもしれないが、今読むとなんか痛々しい。あ、うん、そうそう、全体に痛々しいハリボテ感があった。たぶん本人の資質の問題というより、当時の世の中の感じがそうだったんだと思うけど。佐々木幸綱の跋文には「どこまでもからりとして、明るい。」とあり、川村二郎は「軽やか」と評しているので、当時はそう受け取られたんだろう。個人的には本人の書いた「一人芝居」って単語のほうがしっくりきた。それが虚飾なのか媚態なのかそれ以外の何かなのかはよくわからなかったが、ここに書いてある歌は演技の産物であると思う。ただ、それが悪いと言ってるわけじゃないし、書いてある内容よりも音の並びを見た場合にはやっぱり気持ちいい部分が多かったとも書いておく。
 内容でいちばん印象に残った……わけではないが、ああ、これはよく書いておいてくれましたと思ったのは、
電話から少し離れてお茶を飲む聞いてないよというように飲む
である。十五年後には携帯の普及によって消滅する景色をすくっているので貴重だ。それと
走ルタメニ生マレテキタンダ ふるさとを持たない君の海になりたい
は、今の版なら注釈入れるとより楽しいかも。前半、カール・ルイス使ったCMのコピーだよね、たぶん。これも、時代を定着させている感じがした。
 そういう貴重さ無視した場合に好きだったのは、
愛ひとつ受けとめかねて帰る道 長針短針重なる時刻
夜中の十二時であることとキスしてることが同時に匂わされてて上手だなあと思った。
 あと
ふるさとに住む決意して眼閉ずればクライクライとこっそり聞こゆ
も、クラクライのところが好き。一瞬、暗い暗いっていう未来予想とcry cryって泣き声のほかにチェッカーズの「NANA」のサビも響かせてないか? と思ったが、ほんとにそうなら耳に入ってきただろうから、まあこれは妄想。
 ついでにうちの親が覚えていた歌も引用。
万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校
ほんとにすらっと出てきたので、当時は社会現象だったんだなあと実感したのだった。
 ウィキペディア見るとこれまでに出ている歌集は五冊だそうなので、機会があったらほかのも読んでみたい。

追記2019/03/12先日年上のお知り合いにサラダ記念日読んだ話をしたら、その方中学校で俵万智の先輩だか後輩だか同級生だったとのことで、よく覚えているエピソードとして、俵万智が何かで賞を取ったんだか何かし、朝礼か何かで表彰状を受け取りに出ていったときに、男子生徒たちが「万智ちゃーん」とかけ声をかけていたという話をしてくれた。人気者だったらようである。どこまでほんとかの裏取りはしようがないものの、聞いた瞬間妙に納得してしまった。すでに記憶が曖昧になっていることに気がついたので忘れないうちに書いておく。








2019年2月4日月曜日

中村雅雄 『おどろきのスズメバチ』


このツイートを見て「うわあ、スズメバチかわいい」ってなって(動画見た勢いで書いたエントリがこちら:スズメバチのウーチャン動画 - U´Å`U)、ちょっとスズメバチのことが知りたいよと図書館行ってタイトルのインパクトで借りてきた本。子ども向けの本だったのだけど、なんにも知らないからこれで充分だろうと判断した。

内容紹介
昆虫の生態系のトップに君臨するスズメバチ。近年は都市部にも巣をつくり、人を襲うおそろしい「害虫」として悪名高い存在です。しかし、彼女たちの立場から人間や環境を見てみると、いちがいに害虫と決めつけられないことに気づかされます。
たくみな巣作り。数百頭もの巨大なファミリー。働きバチのあざやかなハンティング。女王バチと働きバチ、幼虫たちの不思議な関係。そこには、人間社会にも通じる精妙な自然の営みがあります。
40年以上、スズメバチを研究し続けてきた著者の目を通して、意外と知られていないスズメバチの生態、自然のすばらしさ、環境問題、人間とスズメバチの関わりを伝えます。この一冊で、スズメバチ博士になれるだけでなく、身近な自然に思いをはせる想像力を養います。
で、なんも知らないまま読み始めたので最初から「そうなんだー」が連発だった。
まず、ハチは大きくふたつのグループに分けられるのだそうで、ひとつが「くびれがないハチ」(ハバチやキバチ)のグループと「くびれのあるハチ」のグループ。スズメバチは当然後者。この「くびれのあるハチ」はさらに四つのグループに分かれるのだそうだが、そのラインナップにもびっくりした。引用するから見てくれ(知ってる人は「そこ、驚くところ?」ってなるだろうけど)。

「ハナバチ」
「寄生バチ」
「狩りバチ」
「アリ」
アリ!? アリがハチの仲間?

アリが集団で社会生活をするのは、ハチと同じ仲間だからなのですね。ただし、毒針は退化している種が多く、針で刺すかわりに毒液をふきかけて攻撃する種もいます。
「だからなのですね」とか言われるとそんな気もしてくるから不思議だが、アリとハチが同じグループなんて考えたこともなかった。そういやどっちも「女王」中心に群れができていたような気がしなくもない。ちなみに「ハナバチ」というのはミツバチみたいに蜜や花粉を集めるハチのことで、「寄生バチ」はヒメバチやコマユバチなど、チョウやカミキリムシの幼虫に卵を産みつけるハチ。「狩りバチ」は狩りをするハチの総称。
本書が追いかけるのはキイロスズメバチ。キイロスズメバチとは
日本でいちばんよく見るスズメバチで、もっとも大きな集団と大きな巣をつくることで知られています。大きいものになると、千匹の集団と、直径八十センチの巣をつくることもあります。
 とのことで、スズメバチにもさらに種類があることを知った。
四月、キイロスズメバチの女王は五ヶ月近い冬眠から目覚め巣作りを始める。慎重に場所を定め、巣をつくる場所の候補地まわりを周回してまわりの景色を覚えていく。これを「オリエンテーリング飛行」という。スズメバチには学習能力があるのだ(だからウーチャンはあんなふうに人と馴染めたのだろうか)。で、近くの森の朽ち木をかみ砕いて自分の唾液と混ぜたものを素材に巣を作り始める(巣の色は素材資材で決まる。朽ち木メインなら明るいミルクコーヒー色の模様ができ、スギの皮が多いと暗い焦げ茶になるといった具合)。最初に作るのは巣の大もとになる支柱で、次が正六角形の「育房」(子育てのための小部屋。これが正六角形になるのは、触角で長さを測りながら作っているからなんだとか)。育房の集まりを「巣盤」という。育房が三部屋ほどできた段階で最初の産卵を開始。前年の秋に交尾して溜め込んだ精子を体内で卵子と受精させて受精卵を作っているらしい。生まれるのは全部メス。交尾しないで生んだ卵からはオスが生まれるともあって、なんか不思議な話である。

最初の成虫が羽化してくるまでのこの時期、女王バチは巣の掃除と産卵、狩りと幼虫へのエサやり、外敵からの守り、自分の食事、巣の増築、給水など、すべての仕事を、たった一匹でこなさなくてはなりません。
大変だ。女王っていうかシングルマザーである。しかも子どもはどんどん増える。育ち盛りになってくると休む間もなく狩りに出て、エサを確保しなけりゃならない。なんだけども、スズメバチの幼虫はただエサをもらうだけではなく、ママにごはんをあげてもいる。

女王バチは狩りに出かけるとき、大きな幼虫ののど元を大あごで刺激して、透明な液のようなものをもらっています。じつは、これが女王バチの栄養ドリンクになっているのです。
この透明な液は、幼虫だけが出すことができるものです。女王バチや働きバチの栄養になる飲み物で、彼女たちが活動するためのエネルギーになる糖分などがふくまれています。その栄養は、一回受けとると二時間近くも活動ができ、一説には、一日に百キロメートルも飛べるエネルギーの源になると言われています。
そうやって栄養補給しながらお母さんの奮闘は続く。やがて幼虫は脱皮(このとき初めてフンをする。幼虫のあいだはフンをしないのだそうな。このフンは働きバチが育房の底を塗り固めて巣を強くする材料にする。無駄がない)して、やがてさなぎになる。さなぎは十五日ほどで羽化をする。これが働きバチになる。孵化から羽化まではだいたい一ヶ月くらいらしい。働きバチの寿命はだいたい一ヶ月。女王バチの寿命はざっと一年で生涯に1~3万個の卵を産む。
働きバチが増えてくると、巣が手狭になるため、増築が繰り返されるが増築が不可能な場合は別の場所で一から巣を作りなおす。このときは働きバチが候補地を決め、匂いをガイドにして女王バチが移るのだけど、まれに女王バチが引っ越し先にたどり着けないこともあるのだとか。うまく引っ越した場合、元の巣はすぐに廃棄されるのではなく、一部の働きバチが残って幼虫が育ちきるのを待つらしい。 そうなんだあと思いつつも、子育て最優先ってイメージは確かにあるので驚くようなことではないと思っていたら、驚くような話がその先で出てきた。

長雨が続くとエサとなる虫たちはすがたをかくしてしまうので、狩りは思うようにいかなくなります。幼虫はエサが途切れると、成長が止まってしまうので、これは一大事です。そんなとき、働きバチは非常用のエサに手をつけます。
非常用のエサってなんだと思う? なんと「大きく育った幼虫」。つまりデカくなった幼虫をバラして、ほかの幼虫に与えるというのである。これ、かなりびっくりした。そういう非常手段を取れるように、普段から必要以上の数の幼虫を育てていると書いてあって、「ように」って言っちゃっていいのかという疑問もわいた。
と、こんな具合に巣の運営メインで五章まで進み、六章になると、毒針の話が始まる。これまた意外なことにスズメバチの針を狩りには使わない。針は天敵撃退のための武器なのである。自分たちのなわばりにおかしな「におい」(スズメバチは女王からにおいづけされていて、同じにおいがすると仲間だと見なし、そうじゃないと敵だと判断する。ウーチャンがほかの個体と馴染めなかったのってにおいが違ったのかな、とか思った)が「震動」とともにやってきたとき、彼女たちは警戒態勢に入る。ただすぐに攻撃するわけではなく、まず「警戒行動」(相手のまわりをぐるぐる飛びまわる)をし、次に「威嚇行動」(あごをカチカチならしながら仲間を呼び、集団でいつでも攻撃できる態勢を整える)に移り、それでも相手が立ち去らないと「攻撃行動」に入る。外でスズメバチと遭遇した場合には、最初の警戒行動の時点で立ち去れば攻撃されることはないとのこと。威嚇行動に入った場合も、
体を大きく動かさないようにして、巣から静かに遠ざかれば、大事にはいたりません。スズメバチの目は、やや上のほうの視野が広く、下のほうは見えにくいので、なるべく姿勢を低くして、その場を立ちさりましょう
とのこと。両手をはげしく振り回して追っ払おうとするのは論外だそうなので気をつけましょう。黒いものを身につけていても狙われやすいのだとか。
なお、スズメバチに刺されないためには、「巣を見つけても絶対にいたずらしないこと」が絶対条件で、「野外活動をするときは、かならず帽子をかぶり、スズメバチを刺激しやすい黒っぽい服装はさけましょう。しげみに入ったり、道から外れて歩いたりすることも、巣に近づいてしまう可能性があるので、やめたほうがいいでしょう」
刺された場合には、
1.刺されたところに、十分に水をかけながら、つまんで毒をしぼり出すようにする。「ポイズンリムーバー」という器具を使えば、より確実に毒をしぼり出せる。
2.刺されたところを冷やして、抗ヒスタミン剤の軟膏をぬる。
3.できるだけ早く病院に行く。
のが対処法。 ポイズンリムーバーがどこに行けば買えるかわからないそこのあなた。amazonがあります

六章が終わると、冬に向かって新世代女王バチたちの越冬準備と巣の終焉が語られて、そこはかとなく寂しい気持ちでお話は終わり、最後に生物多様性の話が出て本書は終わる。なんで急にざっくりまとめたかと言えばいい加減長くなりすぎていることに気がついたからである。知らない話題ってのはあれもこれも記録しておきたいというか、カットしていい箇所の判断ができないからどうしても長くなるんだが、今回いささか長くなりすぎ。
そうそう、あともう一点だけ。人間からしてみると遭遇したスズメバチにどう対応するかも大事だけど、「そもそもスズメバチが近づいてこない方法ってないの?」ってのが、切実な疑問。ウーチャン可愛かったけど、人間は基本スズメバチから敵認定される可能性が高いし、適切な距離(お互いに安全な距離)が保てればそれに越したことはないわけで。著者もスズメバチの嫌がるにおいを研究しており、木酢液を霧吹きで撒いたらスズメバチが遠ざかっていったと書いてある。今年の夏は使ってみようと思った(なお、絶対確実とは書いていなくて今後も実験を重ねると書いてあった)。木酢液がどこで買えるかわからない? amazonがあります。
にしても、一昨日までかけらも知ろうと思わなかったスズメバチについて、本を読もうと思わせるのだから、可愛いってすごい。スズメバチ関連の本をまだ読みたい気分ですらある。今回読んだ本は、最初に触れたように小学生向けで敷居がとても低く、それでいて『おどろくべきスズメバチ』というタイトルもフカシではなかった(特に女王バチのイメージが変わった。女王なのに、こんなに大変だったとは)。
エントリーが長くなった原因のひとつは、本書がすでに品切れだということにある。著者プロフィールを見ると「百田尚樹氏の小説『風の中のマリア』(講談社)に、スズメバチの生態やエピソードなどを提供」とあったのだけど、講談社さんにはそんなネタ提供させるより、この本を文庫化していただきたかった。今からでも考えていただきたい。いい本じゃん、これ。スズメバチに興味を持った際には、図書館に置いてあったら読んで損はない。古書価格も安いので購入するのもお勧めだと思う。