2019年2月6日水曜日

俵万智『サラダ記念日』



 去年発作的に短歌が読みたくなって、まず塚本邦雄の『塚本邦雄全歌集 文庫版〈第1巻〉』(amazon)を読み、続いて『西行全歌集』(amazon)を読んだ。で、そのまま勢いで行けるかと『藤原定家全歌集 上』(amazon)に手を出したら、あっけなく弾き返されて、そこでちょっと落ち着いたのだけど、今年に入ってちくま文庫のツイッターアカウントが、嵐のように『えーえんとくちから』(amazon)への言及をリツイートしまくって煽ってくるもんだから、ついついこれも読み、こんだけ短歌づいているんだったら、あれもそろそろ読めるんじゃねーの? と、本棚の肥やしになっていた『サラダ記念日』を引っ張り出したのだった。名前は知っていましたよ、さすがに。ブームだったときもう生まれてて、パロディーのドラマ(おお、配信されてるじゃないか! びっくり! 原作筒井康隆だったのか)を見た記憶もある。が、これまで読んでみようと思ったことはなかった(なんで本棚に入っていたのかは不明。なんかの表紙に買うだけ買ったのか、親の持ちものなのかもわからないし、新刊なのか古本なのかも不明。奥付見ると92年に出たものなので、新刊で自分で買った可能性はほぼゼロ……って書いたところで、まるっきり記憶にないだけで実は再読だったんじゃないかという根拠のない不安にとらわれたが、読んだことを忘れていて、読み終わっても思い出さないなら初読と判断していいだろう。いいことにする)。
 タイトルのもとになっている歌 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 は、かなり後ろのほうに入っていた。
 最初に掲げられている歌は、
 この曲と決めて海岸沿いの道とばす君なり「ホテル・カリフォルニア」
って、ちょっと不思議な作品。「海岸沿いの道とばす君」で晴れ渡って浮かれた明るさがイメージされるところへ「ホテル・カリフォルニア」って曲名であの明るいとは言いがたい音楽が流れてきて、どんな空気を読み取ればいいのか曖昧な感じが残って面白い。でもって記憶にある限り、音楽関係で固有名が出てくるのってこれと「サザンオールスターズ」だけってのも今から見ると凄い選択眼。
 たまたまリアルタイム読者に「今読んでるんですよー」と話したら当時はあんなふうな短歌がなくて新鮮でみたいな話をしてくれたんだけども、新鮮さってのは色褪せるものというか、280万部も売れた本(解説見ると文庫が出た時点で親本のほうは三六九刷という何それって数字を叩き出していたらしい)であってみれば、その後のパラダイムを作っただろうから、今読んで「まあ新鮮な」なんて感じるところはほとんどなく、むしろ「コップ酒」「湯豆腐」「土鍋」なんて単語から何かかび臭さのようなものすら感じられた。かび臭さっていうか、昭和のにおいかも。歌の中でTOKIOって単語が使われていたけど、やっぱりそこは東京でしかない感じっていうんだろうか。豊かさを感じるのが東急ハンズの買い物袋が大きいことみたいなことも言っていて、90年代に読んだらもしかするとエッジが効いていると思ったかもしれないが、今読むとなんか痛々しい。あ、うん、そうそう、全体に痛々しいハリボテ感があった。たぶん本人の資質の問題というより、当時の世の中の感じがそうだったんだと思うけど。佐々木幸綱の跋文には「どこまでもからりとして、明るい。」とあり、川村二郎は「軽やか」と評しているので、当時はそう受け取られたんだろう。個人的には本人の書いた「一人芝居」って単語のほうがしっくりきた。それが虚飾なのか媚態なのかそれ以外の何かなのかはよくわからなかったが、ここに書いてある歌は演技の産物であると思う。ただ、それが悪いと言ってるわけじゃないし、書いてある内容よりも音の並びを見た場合にはやっぱり気持ちいい部分が多かったとも書いておく。
 内容でいちばん印象に残った……わけではないが、ああ、これはよく書いておいてくれましたと思ったのは、
電話から少し離れてお茶を飲む聞いてないよというように飲む
である。十五年後には携帯の普及によって消滅する景色をすくっているので貴重だ。それと
走ルタメニ生マレテキタンダ ふるさとを持たない君の海になりたい
は、今の版なら注釈入れるとより楽しいかも。前半、カール・ルイス使ったCMのコピーだよね、たぶん。これも、時代を定着させている感じがした。
 そういう貴重さ無視した場合に好きだったのは、
愛ひとつ受けとめかねて帰る道 長針短針重なる時刻
夜中の十二時であることとキスしてることが同時に匂わされてて上手だなあと思った。
 あと
ふるさとに住む決意して眼閉ずればクライクライとこっそり聞こゆ
も、クラクライのところが好き。一瞬、暗い暗いっていう未来予想とcry cryって泣き声のほかにチェッカーズの「NANA」のサビも響かせてないか? と思ったが、ほんとにそうなら耳に入ってきただろうから、まあこれは妄想。
 ついでにうちの親が覚えていた歌も引用。
万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校
ほんとにすらっと出てきたので、当時は社会現象だったんだなあと実感したのだった。
 ウィキペディア見るとこれまでに出ている歌集は五冊だそうなので、機会があったらほかのも読んでみたい。

追記2019/03/12先日年上のお知り合いにサラダ記念日読んだ話をしたら、その方中学校で俵万智の先輩だか後輩だか同級生だったとのことで、よく覚えているエピソードとして、俵万智が何かで賞を取ったんだか何かし、朝礼か何かで表彰状を受け取りに出ていったときに、男子生徒たちが「万智ちゃーん」とかけ声をかけていたという話をしてくれた。人気者だったらようである。どこまでほんとかの裏取りはしようがないものの、聞いた瞬間妙に納得してしまった。すでに記憶が曖昧になっていることに気がついたので忘れないうちに書いておく。








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