2019年2月10日日曜日

ケインズ Teamバンミカス(トーエ・シンメ)『雇用・利子および貨幣の一般理論 ─まんがで読破』

ものすっごく安くなってたから失敗覚悟で買った。このシリーズは以前『黒死館殺人事件』(amazon)を読んだことがあって、そのときの印象は「まさか漫画にしてもわからないだなんて」だった。小説ですらそんなだったのだから、ましてやこんな経済学の専門書がこれでわかるというのは虫がよすぎるというもの。興味があったのは、いったいどうやってこの原作を漫画にできるのかということだった、かもしれない。7割くらいは「伝記と本のエッセンス抽出でしょ」と思ったよ、そりゃね。なんだけど、この世には本の内容だけで突っ張る『影響力の武器コミック版』(amazon)みたいな奇書もあるわけで(脱線するが『影響力の武器コミック版』は商品をつい買わされてしまう心理を分析した元本のテキストからほとんど逸脱することなく、しかも絵面は謎のSFアクションというじつにけったいな代物だ)。

で、読んでみると、構成は予想の本命どおりケインズの生涯の紹介と原作本のエッセンス紹介を練り合わせた内容になっていた、はずである(原作読んでないから「はずである」としか言えないが、きっとそうなっていたんだろう)。語り手はケインズの妻、リディア・ロポコワ。この人が出てきてそうそういい味を出していた。

これから夫の経済学を紹介していきます
でもこの本のタイトル 大げさで色気のないタイトルだと思わない?
こんなのマンガにしようだなんてとても正気とは思えないわ
リディアも、っていうか、描いてる人も読者がタイトル見て何を思うかわかっていたわけである。 「それに」とリディアは続ける。

この本 最初っから「これは経済の専門家に向けて書いた本なので一般人にはわかりにくい」なーんて書いてるのよ? やな感じでしょ?
歯に衣着せぬ物言いでいろんな人から反感買ったけど
でもすごくチャーミングな人だったわ
彼の理論は不況の経済学と言われているそうよ
大不況の時こそ彼の経済学は輝き出す…
またあなたの出番よ メイナード
  ここまでがプロローグなんだけど、ここまでですでに引き込まれていたように思う。
で、冒頭は大不況に至るまでの時代をケインズがどう生きてきたかをコンパクトに紹介している。マルクスの死後2ヶ月が経った1883年6月5日、経済学者の家に生まれ、ケンブリッジ大学でアルフレッド・マーシャルに学び、卒業後は役人に。そして第一次世界大戦を経験したあと退官して大学に戻る。『エコノミック・ジャーナル』の編集者として辣腕を揮ったとか投機に失敗して親に助けてもらったとか、それなのに「父は同じ失敗をくりかえすなと言っただけで投資するなとは言ってない!」と、懲りずに友人と投資会社を立ちあげたとか、キャラを短く立てていく。で、リディアとの出会いに場面は進む。

私とメイナードのなれそめは1918年のこと
ロシアのバレエ団に所属していた私は
ツアーでイギリスを訪れていました
彼とは公演終了後のパーティーで知り合ったの
彼は私に一目惚れしたんですって
私? 私は彼をファンのひとりくらいにしか思わなかったわね
だってそうでしょ?
経済学者さんよ?
どこに惚れたらいいわけ?
彼はほんとにイギリスでの全公演を観に来てくれました
で 彼の猛アタックで私もつい…
となり、ケインズはお仲間のブルームズベリクラブ(こんなところに名前が出てきたのにはちょっとびっくりした。なんの不思議もないんだけどブルームズベリークラブってモダニズム文学の話でしか見てなかったんで)にリディアを連れていくが、みんながリディアを見下した態度だったので、クラブと絶交する。

君をバカにすることはたとえ国王陛下であっても許さない!
ぼくは君を絶対に幸せにすると心に決めたんだ!
実話なのか創作なのかわからないが、とにかく格好いいじゃねえか。こうしてふたりは結婚する。ケインズ42歳、リディア32歳のときのことだった。
とまとめて、話は大恐慌の時代へ戻り、ケインズの格闘に焦点が移っていく。導入は買物から戻ってきたリディアとの会話。「街で失業者をいっぱい見かけたわ」「あなた経済学者なんでしょ!? なんとも思わないの!?」「経済学でなんとかできないの?」と言うリディアにケインズは物憂げに答える。

この世に失業者など存在しない

リディアは経済学の素人なので読者を代弁してくれる。
な…なに言ってんの?
ジョン・メイナード・ケインズ!
目を覚ましてちょうだい!
この世にはわんさか失業者がいるのよ!
で、ケインズは現在の経済学では「働きたくても働けない」ことは失業の定義に入っていないと説明する。そんなのはおかしいというリディアの反論にケインズは頷く。

このとき彼の経済学はまだ形になっていませんでした
なにかが間違っているのははっきりしているのにそれがなんなのかはわからない
だから彼はこのごろずっと不機嫌だったのです
ケインズのいらだちは次のようにまとめられている。

今は嵐の時代だ!
自由放任なんて船が沈むのをただながめてるだけだ!
しかし経済学のいったいどこを改良すればいいんだ!?
そして、(まあ漫画的演出なんだろうけど)リディアが車の買い換えを話題にしたとき、天啓が訪れる。

君の言うとおりだ!
ぼくらは新しい車に乗り換えるべきなんだ!
今の経済学を手直ししたり改良したりするのではなく
まったく新しい経済学を確立してそれに乗り換えるんだ!
さらに、こう宣言する。

経済とは人間の営みそのものだ!
ならば人間の知恵で解決できないはずはない!
(中略)
ぼくは君たち「古典派経済学」と決別する!
そしてこの大不況に打ち勝つ新しい理論を作る!
かっけえ。
やがてできあがったのが、



これだ。読みたくならねえ? おれはこの時点でマンガ読んだら原典かじってみようって思ったよ。とりあえずまだサンプル落とした段階だけど。
ひょっとすると、こういうふうに原典の背景を前面に出して話を進めたのは苦肉の策だったのかもしれないが、その構成は原典のタイトルを見たときの「小難しそう」って印象に穴を空けていると思うんだ。この素っ気ないタイトルの背後には、漫画版の熱い男ケインズがいて持てる情熱を全部叩き込んでいるんだと思うと、もう同じようにこの素っ気ないタイトルを眺めることはできない。
入門書の役割は「原典読まなくてもエッセンスを知ることができる」なのはもちろんなんだけど、「原典への興味を掻き立てる」って役目を狙うこともある(というか、理想はたぶん両方なんだろう)。本書は読者の代弁者リディアとのやり取り(専門用語を優しく言い換えさせたりする)と絵によるイメージ化で「エッセンスを知ることができる」入門書としての役割もちゃんと果たしてはいるが、描いてあることを踏まえて原典に当たろうという気にもさせてくれる名作だ。はずれ覚悟で買ったのに、ただただお買い得だった。マンガ作ったTeamバンミカスって何者なんだろうとか、この手の本読んでかつて感じたことのない疑問さえ浮かんだ。それくらい出来がいい。おまけにニュースが何を言おうが、政府が何を言おうが、現在はずっと続いてる不況のさなかだ。出すタイミング、読むタイミングとしても申し分ないと思う。お勧めである。

追記:漫画描いたのはトーエ・シンメって漫画家さん(twitter)だった模様。参考とりあえず僕と「まんがで読破」の関係について書いておきます
なんかこの本読む以前のシリーズに対する印象そのまんまでげんなりした。作者クレジット超大事っていうか、載せない会社なんてその時点で信用できるわけねえだろっての。
追記2019/12/31 今ツイッター確認に言ったらTeamバンミカスへの謝罪文がしつこくしつこく挙げられていて、文面を読むと事実誤認を謝罪しているようだったが、幸い上記のnote記事(現在は削除)からの引用はないので、このままにしておく。自分としては、作者クレジットを載せない会社なんて信用できないということについては何も変更はない。




追記2:こっちは書き忘れ。『まんがでわかる! ケインズの経済学 (まんがで読破 Remix) 』という本もある。

が、内容は『雇用・利子および貨幣の一般理論 ─まんがで読破』と同じ(レビューに複数そう書いてあった)なので両方買う必要はない。いや危なかったよ。「ほかのもあるんだ、読むか!」ってなったからね。

追記3:とりあえずamazonのトーエ・シンメの検索結果にリンクしておく。なんで「作者のためにもまんがで読破のケインズを買おう」って言うんじゃなくて作品の検索結果を貼ったかといえば、印税契約じゃなさそうだからね(根拠はねえよ。ただの勘)。応援目的ならほかの作品買ったほうがよさそうと判断した。まんがで読破のケインズそれ自体が面白いのは間違いないが、それはそれとして、ここは「作者を応援したいなら」っていう別の話。


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